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およそ10個目のブログ

思ったことを垂れ流しています。

わたしの言葉と声と気持ち

またボイトレに通いだして一ヶ月が経ちました。

歌を歌うのはやっぱり楽しいです。


歌を歌うと素直になれる。


これが、再開してからわかったことです。

いろんな感情が人間の内側にはあるけれど、いろんな種類の感情を全部外に出す機会なんてあんまりない。

歌には、喜怒哀楽の4つ以上にもものすごくたくさんの種類の感情があって、歌を歌うことで普段外に出すことのない感情を取り扱うことができる。


感情を発する手段として私は歌を選んだけど、これがお芝居の人、絵の人、ダンスの人、小説の人、それぞれいる。

自己表現ってこういうことなのかなと思った。


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今猛烈にレッスンに通ってる中で、何度もなんども

「ちゃんと言葉を言って」って注意されます。


滑舌よく言うとかそういうんじゃなくて、言葉の意味をちゃんと言ってって。


やってるつもりでも中々できなくて、すごくやきもき。何が正解か本当にわからなくて混乱した。


それが前回のレッスンではするするできました。

とても気持ちよかった。


言葉を上手に言うことができれば歌う側も聴く側も気持ちいいんだなぁと思いました。


そしてそのテイクを聴いてみたら、わたしの声がしっかりしていて。

多分、わたしの意志が声に乗ったから、わたしの声が生きたんだと思います。


わたしの気持ちが上手に外に出れば、わたしの声で言葉でわたしの歌が歌えます。



歌って難しい。

でもそれ以上に楽しい。


家のことを考えたら人生のことまで考えた

吉祥寺だけが住みたい街ですか?(2) (ヤングマガジンコミックス)

吉祥寺だけが住みたい街ですか?(2) (ヤングマガジンコミックス)


を買った。
双子が営む不動産屋に、毎回色んな背景を抱えた女性がやってくる。
なんとなく吉祥寺じゃなくて、その人に合った街を双子が紹介して、その人に取っていいかも!な物件に出会うまでのお話がオムニバス形式で収録されている。

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私は今、ものっそ会社から遠いとこから朝5:30起きでえっちらおっちら通勤している。
通勤時間というものは、非常に無駄だ。
わかってる。だから、引っ越しについて24-7考えている。

でも引っ越せない。今住んでる街が好きだから。ここを離れられない。

2巻の帯に「帰りたいと思う街に住んでますか?」とある。

私は、帰りたいと思える街に住んでいる。
帰りたいと思えない街に住んだらどうなるんだろう。
 私は仕事じゃない時間をどう過ごしたいんだろう。
この街で、何にもない休日に何がしたいんだろう。

そんなことを考えてたら、何だか家そのものじゃなくて生き方について考えていた。

家ってその人がどういう風に生きたいかが割と表れるもののような気がする。

私は家に居られる時間が短いけど、その短い時間を充実できるような住環境がほしい。
その短い時間だけでも安心できる場所にいたい。

だから私はここを動けない。


なんて渡良瀬橋みたいなことを日々思っているのだった。

黙っていれば美人よね

「やっぱり花はいいわねぇ。何にも言わずに綺麗に咲いてくれるわ。」


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と、すれ違ったおばさんが言ってましたが。

確かに花は何も言わずにとても綺麗に咲く。

これがペチャクチャ喋りだしたらまぁ印象はだいぶ違うだろう。


「もっと水くれや」とか「肥料寄越せ」だとかはだめだよねぇ。


「ごきげんよう」「ごめんあそばせ」とかならまだいいか。


結局、お人形さん的になる。

お人形さんを僕らは花に求めているのだろうか…。


お花のような美女も、口を開けば

「黙ってれば美人よね」

が起こってしまうのが人間。


そういうとこは人間味とか親しみやすさとかいう要素になるんかな。


でも実は花は花同士で喋ってるのかもしれない。動物の鳴き声を我々が理解できないみたいに、花の声は物理的には聞こえない理解できない。

花界隈であいつ性格悪いとかいい奴とかあるのかも〜。

過剰な自信は事故の元。

私はここ数年自分を好きになるために、「自分に自信をもつ」を目標に生きてきた。

 

自分を過小評価していることで、いざというとき100%の力を出せないと思うことが多々あった。

また、何か大きな成功を手にしても「自分の実力じゃなくて運だ」と考えてしまうため私の中に何も蓄積されなかった。

 

この過小評価から抜け出すためにも、自信というものは本当に大事なものだと思う。

できると思って挑むことと、できないと思って挑むこと。

前者の方がいい結果を生む確率が高いなんてわかっている。

どうして後者を選ぶかといえば、失敗した時のダメージを和らげることができるから。

結局自己保身なのです。わが身可愛さ。傷つくのが怖い。

 

 そんな感覚を振り払い、我武者羅に、これから私がやることに対してはすべてできると思って挑んでみようと思ってここ数年生きてた。そうすれば成功体験も増え、自分を好きになれると思った、

      の、

   ですが、

 

結論:自信をもつことでストレスが溜まることの方が多い。

 

ということがわかった(私の場合。)

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 自信をもつことでストレスが溜まることの方が多い。

自信を持つことで最大のパワーを発揮するのは,、作業のファーストステップにおいてだと思う。

「できるという自信」を持っていれば最初からノーブレーキ、全力全開で挑める。私はそれを求めて自信を持ってみた。

しかし上手くいかない。

何故なら私は、最初は必ずうまく行かないタイプ、初期ヘタレ型だから。

 

私は勉強とか運動とか芸術とか、大体平均以上の数値を出す。

でもそれはある程度のスパンがあるからで、ファーストステップの結果だけを見ればどれも平均よりかなり下。

【失敗する→恥ずかしくて死にそう→二度と間違えるものか→成長→平均点以上】

という人生を歩み続けてきたのであった。

 

そう、最初は必ず失敗するのだ。でも、結果だけ見れば割といい成績。

総合的に見れば上位=上位という優越=プライドが積み上げられていく。

しかし大抵の物事は大抵最初に失敗する。あれれ私のようなエリートができないだと?→いらん傷が増えて自信喪失。

 

最初の失敗はトラウマとして残り、この後どれだけ成功しても「いやでも最初に結構でかい失敗してますから…」という無駄な卑下発言を必ずしてしまうのだ。

最初に大きな傷が残るとずっと根に持って自信が持てなくなる。

 

実際、英語がそれ。多分人並かそれ以上にはできるけど、大学での英語の授業で全く喋れなくて半泣きになって以来、英語への苦手意識が半端ない。

どれだけ英会話を練習しても、チェコで通じても、ネイティブと話せても、コールセンターで英語対応成功しても、今でも苦手。

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初期ヘタレ型とプライドの高さが組み合わさった人間が根拠のない自信を携え、初めてのことに挑戦し、更に失敗すると精神的ダメージが半端ない。

 

となると、初めからやることなすこと自信を持つということは私には逆効果なのではないかと思う。

冒頭で「できないと思う」ことはただの自己防衛と書いたけど、私のような初期ヘタレ型は最初の自信の設定値が低いと、ちょっと成功しただけで

「あ、私意外とできるんだ…」という成功体験ポイントが微量ながら蓄積されていく。

きっとそっちの方が自分を好きになれる気がするのだ。

 

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自信を持てることは1つか2つでいい。

 

だから私は、すべてに自信をもつことはやめた。

その代わり、1つか2つだけ、誰にでも胸を張って自慢できるものを持つことにした。

それしかない。それしか自信を持ってできます!!と言えることがない。

 

でも、それだけで生きていけるのだ。

その1つか2つの自信の軸を頑丈にすれば、生きていけるのだ。

 

そういう考えにしたら大分楽になれた気がする。

 

自信をもつこと=良とされている。

高校でも「根拠のない自信は大切」だと言われた。

でも、根拠のない自信を根拠のあるものにするのはとても大変だし、世の中できないことの方が多い。それに根拠のない自信で生きてるとただの自惚れくそ野郎になってしまう。

 

自分と相性が合わない人間に対して初めから「好きだよ♡」なんて言って、裏切られまくったらストレス溜まるに決まっているのだ。

だから私は大抵のことに対して自信を持つことはやめようと思う。

そのほうが、私らしくいられるし、私を好きになれる気がする。

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 自分を好きになることは、自分を知ることとイコールな気がする。

自分をどんな人間か知って、受け入れたり許す。

それだけで自分を好きになれる。

できるできないの自信とかは結構関係のない話で、そこを関連付けてしまったのがいけなかったのかな。

 

 ・・・・と、初めてのことばかりで失敗かましまくっているのに無駄に自信だけは持って挑んだため現実と理想が乖離しまくり落ち込んでいた新入社員は思うのでした。

 

 

 

 

 

 

 

また飽きた

ずっとやりたかったことをやった

・ショートにして染める

・水彩画を始める

・養成所の見学に行ってみる

・新しいバイトを始める

 

 

全部やってみた。

そしてすでに飽きてしまった。

 

 

続けたいことが、ない。

変化が嫌いなのはわかってた。それでもやってみた。

前のがよかったって、全てにおいて思っている。

 

 

今は

黒髪に戻したいし

ペンタブで絵描きたいし

バイトのシフトを減らしたい

 

 

養成所だけは、よくわからない。

体験で教えてもらった先生に少しだけ気にかけてもらえた。(多分)

最後、「頑張れよ」なんてグーパンもらった。

昔私が憧れていた人間になれた気がした。

もうこれでいいのかもと思う。

でもまたここでやめたら、また同じところをグルグルしてしまう。

ケジメつけなきゃいけないんだ。

上手に大人になりたい

小泉今日子「戦う女 パンツ編」

 

コラム面白かった。

文章が綺麗だった。読みやすかった。

細かく感想言うのもあほらしいので面白かったの一言でまとめたい。

 

 

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昨日友人と話していて、結婚の話が出た。

もう結婚相手を見つけなきゃいけない年齢なのかぁ、とその子たちと会うたびに思い知らされる。

しかし何度そう説かれても、追いつけない。

 

私まだ子供なんだよ。

外見も内面も。それが悔しい。

 

私は23にもなってまだ子供から手を離せない。

 

子供のころからの考えがガチガチに固まっちゃって、

成長と共に変わるはずの感覚とかが変わっていない。

上手に大人になれなかった。

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最近私は色々なことに手を出してる。

私の中の「子供を消化」している感覚だ。

 

学生のうちに消化しなきゃ、必死である。

 

 

コラムには「大人になることを許す」って書いてあった。

 

子供であることを捨てるんじゃなくて、

大人になることを許すのか~って思った。

 

私はまだ許せないなぁ。

 

 

早いとこ消化して、大人になることを許したい。

あ、でも消化しながら許せるのかも。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ・・・あんたって最高だよ!」

駄文

海外ドラマをずっと見ている。

 

昔は全然興味なかった。というかむしろ苦手だった。

テンション意味わかんないし笑いどころ全然笑えないし。

 

 

そんな私がある日偶然Eテレでみたスポンジボブを楽しいと思い、

その後やってるiCarlyをめちゃくちゃ面白い!!と思ったのだ。

 

 あのテンポ、スピード、顔芸、わかりやすいオチ。

微弱な笑いが矢継ぎ早に繰り出される。結果面白い。

あと登場人物が全員可愛い。

 

これと同じで私は前は洋楽にはさほど興味がなかった。

しかしチェコでアリアナちゃんを知って以来、ちょいちょい聴くようになった。

そしてアリアナちゃんもニコロデオンのドラマに出ていると、wikiで読んだ。

なんかのスピンオフに出てるみたいで。

へ~そうなんだ、見る機会もないだろうけどな~

 

と思っていた。

 

しかし

 

スピンオフドラマはiCarlyのものだった。

しかも気づいた時、Eテレで放送中だった。(but 残り6回)

 Sam&Catも、めちゃくちゃ面白かった。願わくば全話見たい。

もしくはビクトリアス見たいね。

 

そんなこんなでiCarly、Sam&Cat

それから実家に帰って、母が持ってるSHERLOCKのブルレイを2日で一気に見た。

東京に戻ってきてからハンナ・モンタナを借りている。1stシーズンは見終えた。

2ndシーズンなう。

 

そしてドクター・フーを一気に借りてきた今日。

楽しみだ。

 

なんでこんなにハマってるんだろうね。わかんない。

でも確実に言えることは、チェコに行かなかったら絶対こんな風にはなっていなかっただろうってこと!

(海外ドラマの言い回しっぽい)

 

英語の勉強

外国語を学ぶ人間だから、翻訳と言う面でとても楽しんでいる。

そういう風に英語では言うんだ、とか、訳すとこうなるんだ、とか。

 

ハンナ・モンタナは、まず英語音声だけでみる。

次は+英語字幕。次は日本語吹き替え+英語字幕。

今のとここの見方が一番いい。

ただものすごく時間がかかる。なので1日1話くらいしかこの見方では見られない。

それでも、ちょっとずつちょっとずつ、英語音声だけでも何言ってるか理解でき始めている。

そういうわかりやすい変化が、とても嬉しいのだ。

 

ただシャーロックやドクター・フーはイギリス英語で、まじで何言ってるかわからないので避けている。