およそ10個目のブログ

思ったことを垂れ流しています。

えいごりあん

英語ってとことん道具だなと思った最近。

 

私は英語が好きなわけではない。

好きだから得意なんじゃなくて、

得意だったから好きなだけだ。

テストでいい点取れていい気分になれるから好き。

意地で点数取ってた。これが折れたら私の取り柄がなくなるみたいな。

自分の大きな支えとなってたから好きだと勘違いしていたようだ。

 

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チェコ語を学ぶために入った大学の入試の英語はエグかった。死ぬほど勉強した。英語だけなら東大は越えてたと思う。英語だけならね。

あの大学に入った瞬間の人たちは大体英語超人だと思う。その瞬間だけね。

 

しかしあんなに身につけた英語は、大学6年間で見事に抜け落ち、一般的に英語が好きな人とそう対して変わらないレベル、もしくはそれ以下になった。

 

「その大学出身なら英語できて当たり前って言われるよ」

就活の時何度も言われて「うるせぇ知るかよ」と悪態つきまくっていた。

 

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あの大学にとって英語はその次の言語を学ぶための道具にすぎない。あそこまで入試で英語を求めてきたけど、英語は本筋ではない。

英語が必修じゃない大学なんてうちしかなかっいのでは。英語が嫌いでこれ以上やりたくないから、この大学にしたっていう人の話を聞いた時は究極だなと驚いた。(今はカリキュラムが変わったからそうもいかないけど。)

 

といっても、英語と完全にさらばというわけでは全くなかった。

チェコ語を学ぶための辞書は英-チェコばかりだった。日本語もあったけど、英語の方がしっくりきた。説明文的にも字面的にも。

チェコ英ひいて英和引いて国語辞典引く三段階構成なんてザラだったけど、日-チェコはどうも不安だった。

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留学したら英語は絶対必要だった。

基本全部チェコ語だったけど、どーしても分からない時は英語だったし、お知らせとかには必ず英語がついてた。

そして何より筆記体。これはまじで中学の時学校外で習っていてよかった。

ボードに書かれる文字、友達に見せてもらうノート、お知らせの手書きプリント、全部筆記体

 

まず英語ができる土壌、英語に抵抗がない体がなきゃ何も始まらなかっただろう。

 

留学してからようやく気づいた。あの入試の意味。

英語は必ず使う必須アイテムだから絶対装備しとけよってことなのである…。

 

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英語はそんな立ち位置だったのだ。

本筋じゃない。

忘れないように必死になっていたけど、

そんなことしてる暇があればもっとチェコ語に集中すればよかったなーと思う。

 

英語は道具だと割り切れたら、その先のことにも挑戦できる。

英語がゴールになってはいかん。

 

…とゴールテープからは程遠い所にいる私はとりあえず先週のサム&キャットをnot吹き替えで見るとこから始めます。